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映画・放送音楽コース 卒業生インタビュー 2008年度卒業生 森 悠也 ~卒業。その後編~

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― 本コースの学生も、卒業後作家活動だけでやっていける人と、そうでない人の2通りに分かれると思うのですが、一般的には大学3年生の夏頃から就職活動が解禁になりますよね? 森くんが卒業後の進路を意識し始めた時期はいつ頃でしたか?


森 悠也さん(以下、森):進路を意識し始めたのは……、もう4年生になってからですね。僕は作曲家になる以外に何も考えられなかったので、「卒業後、名刺代わりになる『卒業制作』を一生懸命やることが就活なのかなぁ」と思い、曲づくりに励んでいました。

でも、最初はそういう意識も無かったんですよ、実は。僕の周りが次第に就活を始めるようになって、「あ、何かヤバいかも」と焦った瞬間もあって……。


けれどもやはり、作曲家になりたい気持ちが強かったので、「卒業制作でいいモノを作ろう!」と、気持ちを切り替えて必死で取り組みましたね。あとは、4年生になっても小六先生のレッスンを見学に行っては、レッスン後に先生を捕まえて「こういう曲を書きました!」と、曲を聞いてもらってました。


― 小六先生からの反応、例えば小六先生からのお仕事の話や、小六先生が所属されている作家事務所へのお誘いの話などはありましたか?


森:ありました。何度も何度も曲を聴いてもらっている内に、事務所に来るよう声をかけて頂きました。


― 具体的に話が決まったのは、いつ頃でしたか?


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森:あれは卒業した後ですね。それまでもちょくちょく、友達経由で結婚式のアレンジや演奏の仕事をやっていたので、しばらくはそれをアルバイトのような形で続けていこうかなぁと思っていた矢先に、いきなり1本の電話がかかってきて、出ると小六先生からだったんです。

先生に、「お前、どうするか決まってるのか?」と聞かれて、「いや……何も決まってないです。」と答えると、「じゃあ、ちょっとウチ来るか。」と、おっしゃってくださって。


― 小六先生の事務所で仕事をさせて頂ける事に?


森:はい! いきなり「卒業制作」が実を結びました!


― それはやはり、森くんが映放コースの厳しいカリキュラムに4年間真摯に取り組み、小六先生の授業や音楽が好きという純粋な気持ちで努力を重ねていたから、お声掛け頂けたのでしょうね。

でも、それが卒業後ということは、「自分は作曲でやっていける!」という確証は、卒業時には無かったわけですよね?


森:正直な所、そうですね。ご縁や運もあると思います。あとは、ある意味逃げ道を用意せず自分を追い込んだのが、僕の場合は良かったのかもしれません。


― ちなみに卒業後、つまり小六先生の事務所で初めて手がけた仕事は何でしたか?


森:初めは小六先生の曲のアレンジを手伝わせて頂いて、そのあとすぐに『NHKドラマ8:ROMES/空港防御システム』でした。右も左も分からないまま、いきなりの抜擢でした! いきなり夢が叶っちゃったので、がむしゃらに頑張りました。


― 卒業して4年。実際に社会に出て音楽の仕事をする上で、本コースで学んだどんな事が今、役に立っていますか?


森:映放コースには先生がたくさんいらっしゃって、それぞれの先生がそれぞれの観点からアドバイスをくださいます。それと同じ様に、社会に出れば十人十色、いろんな人がいるわけで、自分が作る曲にはオリジナリティや主張がもちろんある中、いろんな人たちの意見・要望をそこにどうマッチングさせて楽曲を作っていくかという場面で、とても役に立っていると思います。カッコ良く言えば、多角的な視点が身に付いて、的確に相手のニーズを把握できるようになったというか……。

あと、堀井先生の「毎日書け!」というお言葉(笑)。「いつも耳コピして毎日書くんだ!」という教訓。あの言葉はいつも、本当にパワーになります。


― 最後に、これから入学してくる映放コースの後輩たちにメッセージをお願いします。


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森:僕の座右の銘が「信じれば通ず」なんです。芯を通して、死にもの狂いで頑張っていけば、いつか実になると。実にならないものって多分、自分の中で気づくと思うんです、「なんか違う!」と。「なんか違う!」と疑う余地のないものが自分にとっての『ホンモノ』ですから、それを突き詰めて邁進すると、いい結果につながるんじゃないかなぁ。